時間や場所に縛られない、新しい働き方として世界的に普及が進むアクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)。そのABWについてより理解を深めるべく、ABWの第一線でプロジェクトを進めるVeldhoen + Company(以下V+C)のメンバーに取材を実施し、彼らが現場で見てきたリアルな様子をシリーズでお届けします。
第四弾となる今回のインタビューの対象は、オーストラリアでシニアコンサルタント兼事業成長責任者を務めるEoin Higgins さん。オーストラリアの現場から見る柔軟な働き方の実態や彼が掲げる「スロークック・ワークプレイス戦略」について話を伺いました。
Eoinさんの経歴
── Eoinさんのご経歴を教えてください。
Eoin V+Cのコンサルタントになる前、私は製薬業界にいました。今やワクチンで有名になったファイザーで人用医薬品の製造に長い期間携わった後、コーポレート部門でも働きました。その環境で私は素晴らしいリーダーや指導的な役割を担う人たちと一緒に働き、仕事や職場というのは非常に競争の激しい場所になり得ると同時に、人々がお互いを思いやることのできる場所でもあることを学びました。
ときに人は競争心を持つか、思いやりを持つかのどちらかだと考えることがありますが、これは二者択一的な問題ではありません。私が彼らから学んだのは、その両方を同時に行うことができるということです。周囲の人々への思いやりを犠牲にするものではない、それこそが私が望む働き方であり、私の働き方コンサルタントとしての仕事の進め方に反映されています。
── ABWとはどのように出会いましたか?
Eoin ABWとの最初の出会いはファイザーにいた時でした。
当時私は製造側のリーダーシップチームに所属し、リーダーシップや文化、組織開発について多くを学び、コーポレート部門に異動してからも同じような業務をしていました。そんなとき、ファイザーはオフィスをシドニーのビジネス街の中心部に移転し、そこでABWを採用することにしました。2018年の出来事でしたが、当時私はABWという言葉を聞いたことがありませんでした。しかし、この移転は私にとって2つの意味で貴重な機会でした。
1つは、私がオーストラリア・ニュージーランドのファイザーのリーダーシップチームに所属していたことです。私はワークプレイス変革の運営委員会のメンバーとして、クライアント目線でABWを学び経験することができました。
もう1つは、このABWプロジェクトの一部分をリードし、新しいオフィスで過ごす際のエチケットを作成する機会を持ったことです。新しいオフィスでは、ABWをもとに活動ごとに用意されたスペースを従業員が共有して使用することになっていました。この新しい働き方への転換がファイザーにとって大きな変革になると同時に、従業員たちがスペースを有効活用するためにABWの理解を深める必要があると考えていました。
当時私は経験豊富なABWコンサルタントではありませんでしたが、社内の各部門から横断的に人を集めてコミュニケーションをとり、ABWの行動的要素や自分たちのこれまでの働き方について深く理解することに努めました。その結果、その従来の習慣に対しどのような変革が必要か、特にどの習慣を変えることが難しいのかを把握することができました。今振り返ると、これこそABW導入の成功の鍵だったと思います。
この経験をもとに、V+Cとの縁もあり、2019年半ばにV+Cに入社しABWコンサルタントとしての道をスタートさせました。
── Maggieと同じく、ABWを社内導入する側として最初のきっかけがあったのですね。
Eoin そうですね。私がV+Cに入社した最初の1年は2020年で、パンデミックが発生した年でした。私はそれまでコンサルタントとしての経験がなかったので、自身の学びを深めようとしていました。「コンサルタントとは何か」「コンサルタントになるにはどのようなことが必要か」「コンサルタントとしての自分のあり方とは何か」といったテーマですね。
そのほかにも、我流で学んだABWをもう一度V+C流の本家ABWとして学び直すこと、そしてコンサルティング業務をオンラインでもクライアントと円滑に進める方法を含め、3つのことを同時に学ぶというチャレンジングな1年を過ごしました。
オーストラリアの働き方トレンド
── Eoinさんには去年のウェビナーでもオーストラリアの働き方トレンドについて共有いただきました。その後さらにトレンドに変化はあったのでしょうか?
Eoin 昨年触れたことも含め、私たちの気づきをあらためて整理します。
パンデミックの発生後、アジャイルで柔軟性のある働き方が注目を集めました。ABWは広く認識されるようになった一方で、フリーアドレスと誤解されることも多くありました。要は場所に縛られずに働ける方法が注目を集めたわけです。その中でも特にモバイルテクノロジーといったITツールや、リモートで働くチームの管理といったマネジメント手法に大きな関心が集まりました。V+CはABWに基づいたワークプレイス戦略はもちろんのこと、オンラインで仕事を行う人材を育成しチームを育成するコーチングの分野でも知見を溜めてきたことから、私たち自身も多くの関心を集めました。
しかし結果的には、多くの組織が今後の先行きの不透明性から働き方やワークプレイス変革を実行に移すことには消極的で、すでにプロジェクトとして動いていたものはパンデミックの有無にかかわらずオフィスのリース契約が近づいて、移転に備えて順調に進められている案件がほとんどでした。今も多くの企業で新しい働き方に対する関心や最新情報への感度は非常に高い状態が続いています。
── すでにABWの考え方が広まっているオーストラリアでも、柔軟な働き方に対する関心が高まったのですね。
Eoin その後パンデミックが落ち着き、長期的な視点を見据えた戦略を立てやすい状況になった頃、比較的導入が簡単な2つの施策が多くの企業で見られるようになりました。
1つはオフィスにコラボレーション用のスペースをつくること。従業員がオフィスに戻るときより多くのコラボレーション活動が行われる、という考えからです。そこでオフィスを部分的に改装し、コラボレーションスペースを設けることにしたのです。もう1つはデスク予約システムの導入です。理由は、来客時に十分なスペースを確保できる、同僚がオフィスで仕事していることを知れる、などといった安心感を従業員に与えることができるからです。
しかしここで私が伝えたいのは、このような施策はすべての企業にとって今直面する課題に対する適切な解決策では必ずしもないということです。私たちは今、従業員がデスクを事前に予約できるようにしたり、コラボレーションを促したり、オフィスに従業員を呼び戻すためのイベントを行ったり、無料のランチを提供したりして、出社日を壮大な1日にしようと企業が努力する姿を見ています。こうしたイベントはすべてスペースを活性化するためのものです。しかし、実際に多くの組織で長期的にはうまくいっておらず、結果としてまたハイブリッドワークを中心とした働き方に戻ることが起きているのです。
この根本的な課題は、ハイブリッドワークがあるから起こっているのではなく、むしろハイブリッドワークによって解決すべきものだと私は考えています。そしてこれこそ、まだ多くの組織が見つけられていない解決策だと思います。
── ではどのような点に着目すべきでしょうか?
Eoin 現代のナレッジワーカーは働き方を含め実に多様であるという点です。日本でも同じかもしれませんが、オーストラリアのナレッジワーカーは非常に多様です。特に1つの組織の中でもそこで働く人たちは1人として同じではなく、みながナレッジワーカーでも機能が違えば役割も違い、働き方は大きく異なります。営業や経理、マーケティング担当者など、彼らが行う知的作業や活動の割合はそれぞれ異なります。それも週ごとに、時間の経過とともに変化していくのです。
こんなにも働き方が多様性に富む一方で、会社が出す方針はどうでしょうか。最近では全社で一律3日出社、2日リモートワークというような'固定的'あるいは画一的なハイブリッドワークの方針を適用しようとする企業の例を多く見ます。この背景には、対面でのコミュニケーションを行う機会を確保できずにチームの結束力が低下している問題を対処したいという狙いがあります。だからこそそのような企業は、チームとしてのつながりを確保するために、特定の日に出社するように規則として強制したり義務付けたりして、厳格な仕組みを作ろうとします。
するとどうでしょうか。多様で流動的な働き方を行うナレッジワーカーと、融通の効かない半固定的な規則。この2つは相容れないものです。だからこの2つを一緒にしようとすると組織内で歪みが生じるのです。例えば、会社から従業員に対し火曜日のオフィス出社を一律に義務付けたとします。すると「なぜ火曜日なんですか?火曜日は別地域の支社や顧客とのオンライン会議で1日埋まっています」「私は財務担当で、月末、四半期末、年度末に合わせレポートを1人で集中的に作成する時間の確保が必要です。なぜ火曜に出社しなければいけないのですか?」という意見が出てきます。これは実際に今あらゆる組織で起こっていることです。
「最新のトレンドは?」という元々の質問への答えですが、このままの方針ではハイブリッドワークをうまく運用できないと企業が気づくようになったことだと思います。この問題への対策には、デスクや予約システム、無料ランチなどの施策を超えた、もっと大きな規模での対話が必要になります
── 同じことが日本でも起きていると思います。問題の本質を見るためにも、私たちは視野を広げて、より大きな課題意識を持って、働き方を考え直す必要があるんですね。
Eoin そうですね。それを踏まえた上で、「どのような働き方をするか」という問いは、「私たちの会社の文化は何か」という問いと完全にリンクしていると思うのです。私たちは組織として何者なのか?私たちはどのように一緒に働こうとしているのか?会社の文化を通じて何を達成したいのか?このような質問に直面しつつも自分たちでは答えを導き出せないときに「ハイブリッドワークの導入の仕方を教えて欲しい」と企業からサポートを依頼されることがよくあります。より大きな視点で議論をしない限り、ハイブリッドワークは単なる働き方のポリシー止まりとなってしまうのです。
── このようなハイブリッドワークの導入で成功したV+Cの事例は何かありますか?
Eoin UTSカレッジが良い例でしょう。このプロジェクトは、働き方のデザインから始まり、その働き方をサポートする物理的な空間とテクノロジー面でのソリューションを構築するという、目標とそのための変革が一体として整理された包括的なプロジェクトでした。また、オーストラリアにおける最重要プロジェクトの1つでもありました。
UTSカレッジはパンデミック最中の2021年初めにスタートしたプロジェクトでしたが、問い合わせを受けた時点で彼らはすでにハイブリッドワークについて理解を深めていました。そのため「週3日の出社奨励という企業方針は方法の1つとしてあるかもしれないが、最重要なのは従業員の自主性」であることも理解していました。
経営層から一般従業員までが広く議論し、自主性を持って自分たちが行う働き方や活用するオフィスのあり方を整理したUTSカレッジでは、週に5日オフィスに来ることはなくても出社することに意義・意図を持つ考え方が広く浸透しました。コラボレーションスペースの設置やデスク予約システムの導入よりも大きな視野で働き方に取り組んだUTSカレッジは、まさに良い例と言えるでしょう。
「絶対に出社したくない」を認めるのも柔軟な働き方とはいえない
── 先ほどの出社義務の話に戻ります。オーストラリアは世界的にもいち早くオフィス復帰を実現しましたが、出社頻度と柔軟な働き方について、この1年で改善はありましたか?
Eoin この問題は非常に重要だと私は思っています。まず質問に答えると「イエス」であり「ノー」とも言えます。
オーストラリアにはシドニーやメルボルン、ブリスベン、パースなど主要都市がいくつかあり、都市によって従業員のオフィス復帰のパターンは異なります。これにはデータの裏付けがなくあくまで私の個人的な意見ですが、シドニーCBD(ビジネス中心区域)は平日非常に賑わっており、メルボルンよりも活気に溢れています。企業が掲げるハイブリッドワーク・ポリシーやそれ以外の要素もあるかもしれませんが、まだ私たちはオーストラリア全体ではまだオフィス復帰に向けての転換期にいると言えるでしょう。
ここで私が働き方の柔軟性と出社頻度について注意しておきたいことが1つあります。一般的にオフィス復帰には企業側が提示する出社ポリシーに目が行きがちで、「全員出社」を謳う極端な企業の例が見受けられます。一方で、同じく従業員個人の視点から「絶対に出社したくない」「行っても週1日」「いつも家で仕事ができるような柔軟性が欲しい」という声も聞かれます。一見従業員の声は柔軟な働き方という点で正当な意見に聞こえるかもしれませんが、どちらも柔軟性に欠けるものです。つまり、本当に柔軟な働き方というのは、全員にオフィス出社を強制するということでもなければ、従業員個人にすべての選択権を与えるというわけでもないのです。
重要なのは、組織としてどうありたいのか、組織として達成したいゴールは何か、そのために私たちはどのように一緒に働くのか、という問いに対する決断です。これを明確にしておくことで、時に出社したくない、気分が乗らない時でも出社する自主性を持つことが重要だと私は考えています。
私はよくフィットネスを例にこの課題を説明します。例えば、私が今月中に10キロ走れるようになるためにジョギングすると友人と決めたとします。だけどある日起きて外を見たら雨が降っていて走る気になれない。それでも「友達との約束があるから、行きたくない気持ちをぐっと抑えてトレーニングにいこう」と思い、練習を続けました。このような要素が働き方や組織活動としても必要だと思うのです。人は自分という存在よりも大きなものの一部になりたいと思うものです。そして、私たちは自分の価値観に基づいて自らが所属する組織を選んでいます。組織の価値観と自分の個人的な価値観を一致させ、大きな目標を達成しようと足並みを揃えることが、今の働き方に重要だと考えています。
先に挙げたコラボレーションスペースの設置やデスクの予約システムの導入は直接的かつ導入が簡単な施策です。しかし、このような大きな視点で会話をする機会を持ち、より多くの人を巻き込むことで、「いつ、どこで働くかはあなたの自主性を信じて任せる」という状態を作り出すことが大切です。より粘り強く取り組む必要があるのです。組織の目標達成のために個人がお互いに責任を持つというのは難しいですが、このように自分の行動や働き方に意図を持つことが重要なのです。従業員のコミットメントを生み出せるかどうかで、出社に対する感じ方や価値観は変わってくるでしょう。
組織のありたい姿に時間をかけて議論するスロークック・ワークプレイス戦略
── 今年4月に開催されたWORKTECHシドニーに登壇された際、「スロークック・ワークプレイス戦略」についてお話しされました。この考え方について詳しく教えてください。
Eoin スロークック・ワークプレイス戦略は私自身が考えた言葉ではないのですが、その名前の付け方を非常に気に入っています。スロークック・ワークプレイス戦略は私がWORKTECHシドニーで先述のUTSカレッジについて話していた時に生まれたものです。このプロジェクトのもう1つの特徴は、働き方プロジェクトを進める上で軸となる、組織のありたい姿(アスピレーション)を明確にしたことです。
UTSカレッジは、働き方のビジョンからオフィスのコンセプト、各スペースの配置、家具や機材の選定、部門の配置、テクノロジーの導入、さらにはオフィスの運用ルールなどの構築に至るまで、一貫してこのありたい姿を軸として決断を下しました。つい先日移転後評価のためのフォーカスグループを実施した際も「このスペースのどこが好きか・嫌いか」といった物理的空間を基準とした質問はせず、代わりに「ありたい姿の達成に向けて、UTSカレッジの活動はどの程度効果があったか」「今後どのような活動が必要か」という本質的な議論が行われていました。目標に向かって軸をぶらさずにプロジェクトを進めてきた彼らの姿勢は本当に素晴らしいものでした。
一般的に、組織が掲げるバリューやありたい姿をポスターとして掲示したり資料を配布したりしても、覚えている社員はわずか、なんてことはあります。しかし、UTSカレッジのメンバーは4つのC (Collaboration, Creativity, Connection, a sense of Community) のより良い形を実現するというありたい姿に向けて、プロジェクトを通じて議論し続けてきたのです。
なぜこのようなことが実現できたかというと、経営層が組織のありたい姿について時間をかけて整理し、プロジェクトメンバーが急がずに議論し理解を深める余裕を持てたからでした。多くのプロジェクトでよくあるのは、プロジェクト自体にかける時間がそもそもなく、「ありたい姿の話なんてしたくない」「なんだか小難しい」とこの重要な部分の議論を回避してしまうことです。しかしUTSカレッジのメンバーはこの部分に集中し、スピード感を持ってプロジェクト全体を進めるためにあえて「スピードを落とす(スロークックする)」ことにしたのです。
プロジェクト初期に判断軸をクリアにすることで、その後のプロジェクトで起こるさまざまな意思決定のポイントはすべて問題なく対処することができますよね。なぜなら自身の決断を評価する材料があるからです。つまり、どのアイデアが最もありたい姿の実現をサポートするのか、立ち戻って考える軸がすでにあるというわけです。
さきほど、スロークック・ワークプレイス戦略は私自身が考えた言葉ではないとお伝えしましたが、WORKTECHで私たちのセッションの司会を務めた方が冒頭で「まるでじっくり煮込んだ(=スロークック)ワークプレイス戦略みたいですね」と語ったとき、このプロジェクトを的確に表現した素晴らしい言い回しだと思いました。時間をかけてレシピや材料を整え準備し、すべての材料を入れたらすべてが整う。スロークッカーに入れたらあとは何もしなくていいのです。V+Cが行った働き方・ワークプレイス戦略への取り組み方と、USTカレッジのプロジェクトチームが試行錯誤を繰り返しながら時間をかけてプロジェクトを乗り切った姿は、まさにこの言葉に集約されています。
── 実に興味深いですね。UTSカレッジの経営層はなぜありたい姿にフォーカスすることができたのでしょうか?
Eoin UTSカレッジでは、パンデミックによって組織のあり方が明確に変化したことを認識し、社内のコラボレーションや創造的な活動を行う方法を改善しアップデートしていこうというポジティブな考え方を整理できていたからだと思います。特にこのプロジェクトの初期に行ったヒアリング活動はとても印象的でした。
V+Cのプロジェクトでは、まず初めに働き方プロジェクトを通じて達成・実現したい組織目標やありたい姿を発掘するディスカバリー(=発見)のプロセスをフェーズ1として行います。その過程の中で従業員の考え方を把握・整理するためにユーザーグループを実施するわけですが、通常私たちはその場に経営層のメンバーに参加をお願いしプロジェクト始動の挨拶や場を盛り上げるためのコメントをかけていただくようにしています。しかし大抵の場合経営層メンバーはもちろん忙しく、参加の都合がつかないことがあります。
しかしUTSカレッジでは、経営層メンバーの全員が初回のミーティングに参加してくれました。そしてゼネラルマネージャーは、このプロジェクトの重要性やプロジェクトを始動したきっかけを自身の言葉で説明し、従業員たちにも深く考えてほしいという思いを伝えてくれました。これは、彼らのプロジェクトに対する全面的なコミットメントや、プロジェクトを成功させたいという強い意志の表れです。さまざまなことを検証し、実験し、試みを積極的に行う許可を出し、あらゆる考え方を身につけることを望む姿勢を真摯に伝えたのです。
組織として何かを変えていかなければならないという考えに会社全体の共通認識として同意できていたことで、あとはありたい姿という軸が固まれば例えプロジェクトを進める上で働き方やワークプレイスの戦略に異論を唱える人が出てきても混乱は生じません。時間をかけて構築したありたい姿はもはや組織としての思考に組み込まれているようなものでした。
── 日本のABWプロジェクトでも、働き方とは継続的に改善する姿勢が重要であることから「100%のオフィスをつくろうとしない」というのをクライアントに伝えています。スロークックの考え方は日本の組織にも必要な大切な考え方だと思います。
Eoin 西洋文化に" Don't let perfection be the enemy of the good"という表現があります。「あなたが完璧を目指そうとするならば、決してそこに到達することはできない」という意味です。私たちはまだパンデミックの後遺症を抱えており、この先働き方やワークプレイスがどのような方向に進んでいくのか、誰にもわからないのです。だから、未来に通用する完璧なデザイン、完璧なオフィスを手に入れようとすると、結局そんなものは得られないでしょう。
つまるところ、これは働き方やワークプレイス戦略やそのプロジェクトをどのように捉えるかというところにかかっていると思います。オフィスだけに着目して不動産の商品としてしか見ていない人は、もちろん完璧な商品を手に入れたいと思うでしょう。しかし、もしオフィスを組織のありたい姿や目指す働き方と結びつけることができれば、オフィスはそのためのプロセスの一部と見ることができ、組織が本来掲げる目標に向けて本質的なアクションを取ることが可能です。常に変化し続ける働き方に対し、100%を実現することは不可能です。この現実を認識することも重要でしょう。
最後に:日本に向けたメッセージ
── 日本市場におけるハイブリッドワークやABWについて、何かアドバイスがあればお願いします。
Eoin 今回組織としてのありたい姿や理想的な働き方を明確にすることの大切さを話しましたが、自分たちに合った働き方をなかなか見つけることができない場合もあります。そんな時はぜひデータを活用してみてください。
現在多くの企業が自社の働き方のパターンを理解するために定量的なデータを重視する傾向にあります。V+Cでも適切にデータを収集し戦略の構築に活かすサポートを行なっていますが、私たちは特に2つの視点からデータを取り扱っています。1つは大規模な定量データを収集し、働き方の全体傾向を俯瞰的に把握する方法です。例えばV+Cが提供する働き方サーベイから得られるデータやオフィスの利用率データ、オンライン業務ツールへのログインデータなどは、鳥のように高い視点から「何が起こっているか」を把握する見方を提供してくれます。(Bird view=鳥/上からの目線)。
もう1つは、定量的なデータから発見した特定の傾向に対し、「なぜ起こっているのか」を定性的データから把握する方法もあります(Worm view=虫/下からの目線)。全体傾向の把握には向いていないものの、重要な細部における豊かな情報を得るための方法ですね。虫の目線になるような情報を集めるには民俗学的な研究がおすすめで、私たちが行うエスノグラフィー調査やフォーカスグループなどがそれに当たります。