
近年、企業経営において「人的資本経営」という言葉をよく耳にするようになりました。しかし、その具体的な意味や取り組み方について、まだ深く理解できていないという方も多いのではないでしょうか。
本コラムでは、人的資本経営の概要から注目される背景、企業にもたらすメリットや実践方法、働き方改革との関連性まで、わかりやすく解説します。
人的資本経営とは
はじめに、人的資本経営の基本概念について見ていきましょう。
人的資本経営とは、「会社で働く人を大切な『資本』として捉え、その価値を最大限に高めていく」という経営理念のこと。おもな特徴は、以下の2点です。
-
人材を「資源」ではなく大切な「資本」として捉える
従来の経営手法では、人材は「資源」であり、従業員の給料や福利厚生にかかるお金を「コスト(費用)」として考えていました。対して、人的資本経営では人材を「資本」と捉えます。従業員の給料だけでなく、教育研修やスキルアップ、健康管理などの費用も、すべて将来的な企業価値向上のための「投資」と位置づけます。 -
従業員の能力や経験を「会社の価値」として認識する
人的資本経営では、従業員一人ひとりの能力や経験を、会社の大切な財産だと考えます。これらを「見えない資産」として評価し、企業の無形資産として扱います。
人的資本経営を導入している企業では、上記の考え方に基づき、人材育成や働き方改革、ダイバーシティ推進などの施策を積極的に進めています。これにより、従業員の満足度や生産性の向上、イノベーションの創出、さらには企業価値の増大などが期待されているのです。
人的資本経営が注目される背景
なぜ今、これほどまでに人的資本経営が注目されているのでしょうか。その背景には、以下のような理由があるといわれています。
技術の進歩と働き方の変化
近年のDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展により、多くの定型業務が自動化されるようになりました。しかし、革新的なイノベーションやクリエイティブな活動には、依然として高度なスキルと創造性を備えた人材が不可欠です。
一方で、日本では少子高齢化による労働力人口の減少や、特定のスキルを持つ人材への需要増加などもあり、労働力不足が深刻化しています。
そのため、従業員のスキル向上や人材の価値を高める取り組みが企業にとって喫緊の課題となっているのです。
企業価値評価の変化と情報開示の義務化
2023年3月期決算以降、大手企業約4,000社を対象に、有価証券報告書での人的資本に関する情報開示が義務化されました。これは、投資家や市場が企業評価の際に、財務情報だけでなく非財務情報、特に人的資本に関する情報を重視するようになった背景があります。
この開示義務化により、人材への投資、育成方針、従業員エンゲージメント(従業員の会社や仕事への熱意や愛着)など、企業の人的資本経営への関心がさらに高まっています。
「ESG投資」の拡大
近年、投資家の間で「ESG投資」が広がっています。これは「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」の3つの観点から投資先を選ぶ手法です。
人的資本経営は「社会(Social)」の要素に深く関わっており、企業の社会的責任や持続可能性を評価する上で、人材への取り組みが重要な指標となっています。そのため、企業にとって人的資本経営の推進は、投資家からの資金調達や企業価値向上に不可欠な戦略といえるでしょう。
「人材版伊藤レポート」の発表
日本で人的資本経営が注目を集めたのは、経済産業省が2020年9月に公表した「人材版伊藤レポート」がきっかけでした。
これは「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」による報告書であり、企業がその価値を持続的に高めていくために必要な人材戦略を指し示した、まさに人的資本経営の礎というべきもの。さらに2022年5月には、そこから内容を掘り下げ、「実践事例集」が追加されるなど人的資本経営の重要性がさらに強調された改訂版「人材版伊藤レポート2.0」が公表されています。
「人材版伊藤レポート」、「人材版伊藤レポート2.0」の発表により、人的資本経営の注目度がさらに高まり、多くの企業が取り組みを加速させているのです。
◇ ◇ ◇
2025年9月30日までの期間限定で、「人材版伊藤レポート」の座長を務めた伊藤邦雄氏によるセミナーのアーカイブ動画を公開中です!
企業で働く「ひと」を大切な資本として考え、その価値を最大限高めていくことへの理解がぐっと深まる本セミナーを、この機会にぜひご視聴ください。
人的資本経営の深化と人的資本投資とは
人的資本経営に取り組むメリット

企業が人的資本経営に取り組むことで、様々な利点が得られます。以下に、おもなメリットをご紹介します。
【人的資本経営に取り組むメリット】
メリット | 説明 |
生産性の向上 |
|
企業ブランディングの向上 |
|
従業員エンゲージメントの向上 |
|
イノベーションの創出 |
|
投資家からの評価向上 |
|
リスク管理の強化 |
|
企業価値の向上 |
|
このように、人的資本経営には様々なメリットがあります。ただし、効果が現れるまでには相応の時間とコストがかかるため、長期的な視点で取り組むことが重要です。
人的資本経営の実践方法
ここからは、人的資本経営の具体的な実践方法について見ていきましょう。以下に、おもな取り組み事例をご紹介します。
経営戦略と人材戦略をつなげる
人的資本経営では、会社の「大きな目標(経営戦略)」と「人材をどう育てるか(人材戦略)」を連携させることが大切だといわれています。
【おもな取り組み例】
- 会社の将来ビジョンを明確にし、それに必要な人材像を描く
- 必要なスキルや経験を特定し、人材要件を明確化する
- 目標達成のための具体的な人材育成計画を策定する
従業員の能力や経験を「見える化」する
人的資本経営をスムーズに進めていくために、誰がどんな資格を持っているか、どんなプロジェクトを経験したかなど、従業員一人ひとりの能力、経験、スキルを可視化します。
これにより、適材適所の人材配置が可能になるでしょう。また、個々の従業員の成長促進や、組織全体のスキルマップの把握にも役立つはずです。
【おもな取り組み例】
- スキルマトリックス(従業員のスキルレベルの表)の作成
- プロジェクト経験のデータベース化
- 資格取得状況の管理
人材育成に投資する
従業員のスキルアップや能力開発への積極的な投資を行います。人材育成は、人的資本経営の核心的施策だといえるでしょう。
【おもな取り組み例】
- 多様な研修プログラムの提供(オンライン講座、社内勉強会など)
- 自己啓発支援制度の導入(資格取得支援、書籍購入補助など)
- キャリア相談窓口の設置
働き方改革を推進する
人的資本経営の実現においては、従業員が能力を最大限に発揮できる環境の整備も鍵となります。現在、人的資本経営を導入している多くの企業では、「働き方改革」の一環として以下のような取り組みを行っています。
柔軟な働き方とワークライフバランスの推進
柔軟な働き方の導入とワークライフバランスの推進は、人的資本経営における働き方改革の核心的な施策だといえるでしょう。
【おもな取り組み例】
- 在宅勤務やテレワークの推進
- フレックスタイム制の導入
- 短時間勤務制度の拡充
- 有給休暇取得の促進
- 残業時間の削減
- 育児・介護休暇制度の充実
これらの取り組みにより、従業員は自身のライフスタイルに合わせた働き方を選択できるようになり、仕事と私生活のバランスが取りやすくなって従業員の満足度向上が見込まれます。さらに、従業員のストレス軽減や生産性向上を促し、ひいては企業全体の業績向上にも寄与すると期待されています。
【こちらもおすすめ】
創造性を引き出すオフィス環境づくり
従業員の創造性を引き出すには、快適なオフィス環境も重要な要素のひとつです。
【おもな取り組み例】
- リラックスできるスペースの設置
- フリーアドレス制の導入
- コラボレーションを促進する共有スペースの設置
オフィス環境の整備によって従業員の創造性が引き出され、新しいアイデアが生まれやすくなります。また、従業員同士のコミュニケーションが活性化することで、チームワークの向上にもつながるでしょう。
【こちらの記事もおすすめ】
【こちらの記事もおすすめ】
【こちらの記事もおすすめ】
テクノロジーを活用した業務効率化
テクノロジーを活用した業務効率化にも様々な取り組みがあります。
【おもな取り組み例】
- クラウドサービスの導入
- コミュニケーションツールの活用
- AI・RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による業務自動化
テクノロジー活用により、業務効率が向上し、従業員はより付加価値の高い仕事に注力できるようになります。また、場所や時間にとらわれない働き方が可能になり、柔軟な働き方の実現にも貢献します。
人的資本経営を成功させるポイント

人的資本経営を成功させるためには、いくつかの重要なポイントがあります。
まず、経営陣の強いコミットメントが不可欠です。トップが率先して取り組む姿勢を示すことで、組織全体に人的資本経営の考え方が浸透していきます。
次に、人的資本経営は従業員一人ひとりの成長に関わるため、彼らの声に耳を傾けることが肝要です。定期的な面談やアンケートを通じて、従業員のニーズや課題を把握し、施策に反映させましょう。また、人的資本に関する情報の透明性を確保することで、取り組みの信頼性が高まります。
ただし、組織文化の変革はどの企業にとっても容易な作業ではありません。段階的に導入することが大切だといわれています。先進的な取り組みの成功事例を共有したり、継続的な教育や啓発を行ったりすることで、従業員の理解と協力を得やすくなるでしょう。
【無料ダウンロード】人的資本経営時代のオフィス戦略ガイドブック
働き方やオフィスの改善によって、従業員がより働きやすく、能力を発揮しやすい環境を整えることができます。これらの取り組みは人的資本経営の成功にもつながり、企業の持続的な成長と競争力強化に寄与するのです。
最近では、そのような観点から「働き方とオフィスを見直したい」といったご相談も非常に増えています。
そこでイトーキでは、人的資本経営におけるオフィス戦略について、具体的な効果と方法についてわかりやすく解説するガイドブックをご用意しています。その名も「人的資本経営時代のオフィス戦略ガイドブック」。
本書は、人的資本経営とは何か、オフィスでなにができるのか、どのような効果があがるのか、などをわかりやすい構成と読みやすいテキストでまとめています。
ぜひダウンロードいただき、人的資本経営の頼れるガイドとしてお役立てください。
