2026年08月28日
人を起点に、企業価値は変えられる。業績回復の裏側にあった「コーポレートコミュニケーション戦略」
イトーキは2019年、2020年に2期連続の最終赤字を計上し、従業員エンゲージメントスコアも40%台にとどまるなど、大きな転換期を迎えていました。その後、経営や人事を中心としたさまざまな改革を推進し、過去最高の売上・営業利益を更新、エンゲージメントスコアも80%を超えるまでに回復しました。
その一翼を担ったのが、2019年に広報・IR部長に就任した川島紗恵子さんです。メディアコミュニケーション、インターナルコミュニケーション、IRを一体で推進するコーポレートコミュニケーションは企業価値の向上にどのような役割を果たしたのか。その考え方と実践についてお話を伺いました。
株式会社イトーキ
執行役員、コーポレートコミュニケーション本部
本部長
※2026年8月時点
川島 紗恵子
大手クレジットカード会社、マーケティングリサーチ会社を経て、2019年にイトーキに入社。広報、IRなどコーポレートコミュニケーション領域を広く担当。さまざまな角度からステークホルダーとの関係構築に取り組んでいる。
※所属部署・役職・制度は取材当時のものとなります。現時点の情報と異なる場合があります。
会社の危機を前に、コーポレートコミュニケーション改革が動き出した
──2019年に広報・IR部長としてイトーキに入社した当時、コーポレートコミュニケーションの領域に、どのような課題を感じましたか。
2019年に入社した当時は、広報もIRも積極的な活動は行われておらず、同じ部内の販促チームとの連携も全く取れていませんでした。IRは担当者の退職で十分な引き継ぎもなし、社内広報も社内報作成で手一杯の状態。当時は業績も低迷し、PRが社外に発信できるニュースも限られていました。だからこそ、コーポレートコミュニケーション全体を戦略的に見直す必要があると感じました。
──部署や業務が分断されている状況に対して、まずどこから改革に着手したのでしょうか。
まずはメンバーへのヒアリングを行い課題を整理しました。見えてきたのは、職務分掌や役割が曖昧で、一人ひとりの責任範囲が明確でないということです。
そこで、コーポレート広報、BtoC広報、IRを広報IR室、BtoB事業の製品広報と販促を販促PR戦略企画室が担う体制にし、各メンバーの担当を明確にしつつ、1つの案件を最初から最後まで担当するように変更しました。さらに、メンバー全員で共通認識をしっかり持って進むために「メディアコミュニケーションとは」「インターナルコミュニケーションとは」「IRとは」という基本的な考え方も共有しました。
私は、改革はオセロのようなものだと考えています。最初は1枚ずつしかひっくり返せませんが、数手先を考えながら施策を打てば、どこかで大きくひっくり返せるタイミングが必ず来る。だからこそ、まずは目の前にある小さなことから始めて、着実に土台を整えていきました。
第一の柱はインターナル。社員の理解や共感を深めることの大切さ
──コーポレートコミュニケーション改革は、どこから始めたのでしょうか。
業績が上がらないうちはPRやIRを頑張っても誰も振り向いてくれません。そこで最初に着手したのは、インターナルコミュニケーションです。経営の考えや想いがきちんと社員に伝わり、一人ひとりが同じ方向を向いて前向きに仕事に取り組めなければ、会社の業績は上がりません。
そのため、まずはインターナルコミュニケーションを通じて社員の理解や共感を深め、社内で生まれた取り組みや価値をメディアコミュニケーションで社外へ発信し、その評価をIRへとつなげていく。この流れが理想的だと考えました。
──まずはインターナルコミュニケーションから着手されたのですね。具体的には、どのようなことから始めたのでしょうか。
最初に実施したのが、コミュニケーションアンケートです。当時のイトーキは従業員エンゲージメントの低さが課題だったので、社員が何を考え、どのような情報を求めているのかを把握するために、まずは現場の声に耳を傾けることから始めました。
その結果、「上の人の考えていることがわからない」「生産の現場に元気がない」といった声が多く寄せられました。また、イトーキは営業と生産が別会社だった時代もあることから、営業部門と製造部門のあいだに見えない大きな壁が存在していることも課題として明確になりました。
──見えてきた課題を踏まえ、組織を変えていくために、どのような工夫をされたのですか。
まず初めに立ち上げたのが、最も課題感が大きかった生産現場の人たちをエンパワーメントする「工場アンバサダー」です。“現場の広報担当”として、生産現場で働く人にスポットライトを当てる企画や現場を盛り上げるためのイベントを一緒に考え、自ら社内に発信してもらいました。そうすることで生産現場を盛り上げつつ、「自分が作ったものをあなたが売ってくれている」「あなたが作ってくれたものを自分が売っている」という部署を超えた相互理解とリスペクトの循環を生み出したいと考えました。
社内報「iTalk」での工場アンバサダー活動レポート記事
メンバーは各工場から公募し、1年目は写真の撮り方や社内報の記事の書き方から学んでもらいました。2年目からは、工場送迎用のバスのラッピングやノベルティ制作など、自発的な企画が次々と生まれ、それを社内報「iTalk」で紹介していきました。こうした積み重ねによって、生産現場のなかで「自分たちから発信していこう」という意識が広がっていきましたね。
(左)社内報「iTalk」のコーナー一例、(右)工場送迎用のラッピングバスのビフォーアフター
──新しい取り組みに現場を巻き込むことは、簡単ではなかったのではないでしょうか。
社内を巻き込んでいくうえで大切にしたのは、「自分事にしてもらう」ことです。「協力してほしい」と伝えるのではなく、現場の人の立場で考え、「こうすれば現場がもっと良くなる」と根気強く伝え続けました。次第に成果が出てくると彼らとの信頼関係も生まれ、本音で話してもらえるようになりました。
また、「あなたたちは会社にとって本当に大切な存在です」ということを社長から直接伝えてもらう場も設けました。経営のメッセージはさまざまなところで発信しているのですが、実際には日々の業務に追われ目を通せていない社員も少なくありません。だからこそ、「伝えた」ではなく「伝わった」を大切にすること。それが、インターナルコミュニケーションでは重要だと思っています。
社内で発掘した価値を、メディアを通じて社会に届ける
──社内報「iTalk」は、今では年間40万PV以上も見られるメディアへと成長したそうですね。社員一人ひとりの魅力を発信するために、どのような企画を展開されていったのでしょうか。
工場アンバサダーの活動を通じて見えてきた社員の魅力を、より幅広い社員にもスポットを当てて発信していこうと考えました。そこで立ち上げたのが、モノづくりの現場で匠の技を持つ社員を紹介する「扇のカナメ」、最前線で活躍する営業やデザイナーを紹介する「イトーキの顔」です。社員一人ひとりの仕事への思いや矜持をエモーショナルなストーリーとして伝えることで、社長や役員自らが「いいね」ボタンを押したり、社員同士でもコメントや称賛が広がったりするなど、お互いを認め合う文化が育まれていきました。
やがて、「自分も出てみたい」「あの人の仕事を紹介したい」といった声が上がるようになり、広報が一方的に発信するものではなく、社員と一緒につくる企画へと変わっていきました。
こうした取り組みを続けるなかで、事業や製品・サービスだけでなく、その背景にある開発者や社員一人ひとりの挑戦、仕事への想いなど、これまで表に出てこなかった価値ある情報が数多く集まるようになりました。そういった情報を今度はメディアコミュニケーションへと展開し、媒体ごとの特性に合わせて切り口を変えながら、社員の挑戦や想いを軸にしたストーリーとして社会へ届けています。
──社内で発掘した情報をメディアへ展開するなかで、特に印象に残っている事例はありますか。
特に印象的に残っているのは、大型経済番組でイトーキが特集されたときのことです。番組では現場で働く社員の姿も数多く紹介いただきました。放送後は、お客様や取引先をはじめ、社外から非常に多くの反響をいただき、企業としての取り組みだけでなく社員の姿勢や想いに共感する声も多く寄せられました。インターナルコミュニケーションを通じて見えてきた社員一人ひとりの挑戦や仕事への想いを、社会にも届けることができた瞬間だったと感じています。
一方で、社内にも非常に大きな反響がありました。多くの社員が紹介されたこともあり、社員の半数以上が番組をリアルタイムで視聴。放送後の社内アンケートでもほぼ100%が高評価となりました。
実は、自社のメディア露出を一番見ているのは社員なんです。メディアを通じて自社や自分たちの仕事の価値をあらためて認識することで、社員のエンゲージメントや自社に対する誇りが高まり、「自分たちの取り組みも発信してほしい」と、新たな情報が社内から寄せられるようにもなりました。
そうして集まった情報を再び社会へ発信することで、新たな評価が生まれ、さらに情報が集まる。この好循環こそが、私たちが目指すコーポレートコミュニケーションです。そして、その積み重ねが、投資家をはじめとするステークホルダーからの信頼や企業価値の向上にもつながっていきます。
企業価値を正しく伝え、投資家との信頼を築くIRへ
──社内で生まれた価値を社会へ発信する流れは、IRや投資家とのコミュニケーションにどのようにつながっていったのでしょうか。
メディアに取り上げられることで投資家からの注目も高まります。人的資本経営が重視される今、投資家は数字だけでなく「その背景に何があるのか」にも注目しています。
そのため、IRも財務情報を正確に伝えるだけでなく、働く人や組織の取り組みを通じて企業価値を伝えることが重要になっています。イトーキでも社員一人ひとりのストーリーを伝えることで、数字だけでは伝わらない企業の強みや魅力がより立体的に伝わるようになったと感じています。
コーポレートコミュニケーション改革を通じて制作・展開したコンテンツ
──統合報告書も大きく刷新されていますが、どのようなことを意識されたのでしょうか。
コンセプトを「イトーキのガイドブック」にしました。旅行のガイドブックって読むだけでワクワクしますよね。もちろん、IRとして正しい数値情報や経営課題を伝えていくことに変わりはないですが、それだけではなく「人」を全面に押し出すことで、イトーキらしさが伝わる統合報告書を目指しました。
統合報告書は投資家向け資料ですが、社員にとっても大切なコミュニケーションツールです。自分とかかわりのある社員やプロジェクトが紹介されることで、「読んでみたい」と思えるコンテンツになり、自社への理解や誇りを深めるきっかけにもなっています。
──こうしてインターナルコミュニケーション、メディアコミュニケーション、IRを一体で設計することで、それぞれが相乗効果を生み出しているのですね。
そうですね。インターナルコミュニケーション、メディアコミュニケーション、IRは、それぞれ別の活動ではなく、一連のコミュニケーションだと考えています。
届ける相手は違っても、伝えたい企業価値は同じです。大切なことは、ステークホルダーに合わせて「調味料」を足していくこと。社員、メディア、投資家など、届ける相手によって見せ方を工夫することで、一つの情報が何度も価値を生み出し、それぞれのコミュニケーションが互いに良い影響を与え合う。そうした積み重ねが、企業価値の向上につながっていくと考えています。
家具の会社から、「人」の会社へ。戦略的コーポレートコミュニケーションが実現したもの
──一連の改革を通じて、イトーキはどのように変わったと感じていますか。
コーポレートコミュニケーションだけで実現したものではありませんが、会社全体で改革を積み重ねた結果、従業員エンゲージメントスコアは2019年の40.4%から2025年度には81.9%まで向上しました。
私自身が一番変化を感じているのは、イトーキの「見られ方」が変わってきたことです。以前は「オフィス家具を作る会社」という印象が強かったのですが、今は「人」を起点に企業価値を高める会社として認識されるようになってきたと感じています。家具だけではなく、社員一人ひとりの顔や仕事への想いからイトーキを思い浮かべてもらえるようになったことは大きな変化だと感じています。
2025年からは、お客様とのリアルな接点を担うショールームもコーポレートコミュニケーション本部に加わりました。これまで培ってきたコミュニケーションの考え方を、リアルな体験の場にも広げていきたいと考えています。
──これから、コーポレートコミュニケーションを通じてどのようなことを実現していきたいですか。
イトーキの「プロデューサー」として、より統合的なコミュニケーション戦略を推進していきたいですね。情報発信にとどまらず、社員のモチベーション向上や企業価値向上につなげ、そこからまた新しい価値を生み出していく。そんな好循環を生み出す事が、私たちの役割だと思っています。
──最後に、社内外の人を巻き込みながら仕事を進めるうえで、川島さんが大切にしていることを教えてください。
意識しているのは、「その人自身が参加したい、やってみたい」と思える状態を作ることです。これまでの改革の過程でも最初は一部の人から始まった取り組みが、誰かの行動や賞賛をきっかけに周囲に広がり、やがて大きな輪になっていく経験をしました。「やらせる」のではなく「やってみたい」が生まれる環境を作る。そして、一人ひとりの力や思いを尊重し、それを繋いで大きな力にしていく。それが、社内外問わず、さまざまな人たちと仕事をするときに大切にしていることです。
- 所属部署・役職・制度は取材当時のものとなります。現時点の情報と異なる場合があります。




