チャンスは準備した人にだけ訪れる。イトーキ執行役員が語る、キャリアの切り拓き方 執行役員/コーポレートコミュニケーション本部 川島 紗恵子

チャンスは、準備した人にしかやってこない。イトーキ執行役員が語る、キャリアの切り拓き方

2019年、2020年に2期連続の最終赤字を計上し、従業員エンゲージメントスコアも40%台にとどまっていたイトーキ。その後、経営や人事を中心とした全社改革を進め、過去最高の売上・営業利益を更新、エンゲージメントスコアも80%を超えるまでに向上しました。その一翼を担ったのが、2019年に広報・IR部長として入社した川島紗恵子さんです。

前編では、川島さんが進めてきたコーポレートコミュニケーション改革を紹介しました。後編では、仕事の意味を見いだせなかった新人時代から、未経験のIR・広報への挑戦を経て執行役員となった川島さんのキャリアをたどり、その仕事観と人生観に迫ります。

川島 紗恵子(カワシマ サエコ)

株式会社イトーキ 執行役員、コーポレートコミュニケーション本部 本部長
※2026年9月時点

川島 紗恵子

大手クレジットカード会社、マーケティングリサーチ会社を経て、2019年にイトーキに入社。広報、IRなどコーポレートコミュニケーション領域を広く担当。さまざまな角度からステークホルダーとの関係構築に取り組んでいる。

※所属部署・役職・制度は取材当時のものとなります。現時点の情報と異なる場合があります。

仕事をするうえで大切なのは、やる仕事の「意味を理解すること」

──まずは、社会人になった頃のお話から聞かせてください。当時は、仕事に対してどのような考えを持っていたのでしょうか。

実は私、会社員になる未来をあまり具体的に思い描いていなかったんです。幼少期からバレエや演劇といった芸事に打ち込んでいて、会社員になることなど全く考えていませんでした。大学では心理学を学び、子供が好きなのでスクールカウンセラーになるのもいいなと思っていました。

そんななか、新卒で入社することになったのが大手クレジットカード会社です。最初に任されたのは、申込書に書かれた住所のコードを、分厚い住所帳を片手にひたすら調べる仕事でした。正直、「自分には向いていない」と感じていましたね。

半年ほど経って「いつまで私はこの仕事をやるんですか?」と先輩に聞いたことがあるんです。すると、「これがあなたの仕事だよ」と呆れられてしまって(笑)。当時は、仕事の面白さも、目の前の仕事にどんな意味があるのかも、まだよく分かっていませんでした。

──仕事を面白いと思えるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

それでも1年目は経験を積む期間と捉えて目の前の仕事に取り組み、3年目に当時から希望していた与信審査部門へ異動しました。信用情報をもとにカード発行の可否を判断する仕事は面白かったですね。自分で責任を持って判断できるのが自分に合っていたんです。

そこで初めて「仕事って意外と面白いのかも」と感じました。仕事ぶりを評価していただき社長賞も受賞し、入社時は「3年で辞めよう」と思っていた私の仕事への向き合い方も「もっと良くするにはどうしたらいいだろう」「次はこうしてみよう」と少しずつ変わっていきました。

仕事は、与えられた内容ではなく、自分で意味を見つけられたときに面白くなる。それを初めて実感した出来事でした。

終業後は講座に通う日々。未経験だからこそ学び続ける姿勢を大切に

──与信審査という面白い仕事に出会ったなかで、なぜ未経験のIRへ挑戦しようと思ったのでしょうか。

実は社長賞をもらったことで、次のキャリアのステップをどうするべきか、少し考え始めていた頃、会社の経営体制を大きく揺るがすような事件が起こったんです。それでも現場では、昨日までと変わらず仕事が続いている。その様子を見て、「会社って、何なんだろう」と会社そのものに興味を持つようになっていきました。

そんなとき、投資家への説明責任を果たすためのIR室が立ち上がるという話を聞いて、すぐに社内公募に応募することに決めました。「経営とはなにか」を知ることができるかも、と思ったんです。思い返すと、これが私の今のキャリアにつながるスタートだったように思います。

──未経験の仕事に飛び込むことに、不安はありませんでしたか。

無事に異動が決まったものの、当時はIRの知識もなく、財務諸表も読めませんでした。「投資家の名刺をバイサイドとセルサイドに分けておいて」と言われても、なんのことか分からなくて(笑)。経営企画の人達に教えてもらいつつ、終業後は夜学に通いながら必死に学びました。

──実際にIRの仕事を経験してみて、どんな印象を持ちましたか。

最初は必死についていく毎日でしたが、実際に仕事をしていくうちに、IRはすごく面白い仕事だと感じるようになりました。IRの仕事って、大風呂敷を広げず、正しく事実を伝える誠実な仕事なんです。驕り高ぶらず、へりくだらず、つねにニュートラル。その清廉さが、自分に向いていると感じました。

でも、やっとIRの面白さがわかってきたころ、上場廃止によってIR室がなくなることになりました。

そこで、東証二部から一部(当時の市場区分)への指定替えを目指していたマーケティングリサーチ会社に転職し、IRをもっと追究することに。さらに、初めて広報にも挑戦することになりました。IRを学んだときと同じように、PRプランナーの勉強をしたり、外部の広報コミュニティに参加したりしながら、一から知識を身につけていきました。広報もIRと同じように、学べば学ぶほど奥深く、自分で価値をつくっていける仕事だと感じました。

──その後、どのようにキャリアの幅を広げていったのでしょうか。

2社目は日本で唯一の世界的にみても非常に優れたサービスを展開している企業でしたが、当時は、現場の人が書いた原稿を多少手直ししてプレスリリースとして配信するのが中心でした。当然、そんなやり方なのでメディアの目に留まることはほとんどなく、事業部門側も発信する意義を感じてくれていませんでした。そこで、現場の価値を見つけて社会へ届けることが広報・IRの役割と捉え、現場の仕事や他社との違いを徹底的に学びました。そのうちに仕事の幅がどんどん広がって、37歳で社長室長に就任し、メンバーのマネジメントと社長の専属秘書、IR・PRを兼任するようになりました。

迷ったらいつも、「大変なほう」を選んできた

──これまで、キャリアで大きな決断をするときは、何を軸に選んできたのでしょうか。

振り返ると、迷ったときはいつも「大変なほう」を選んできました。私にとって「大変」ということは、それだけ成長できる余地があるということでもあったんです。「なぜこうなっているんだろう?」の理由が知りたくて、その好奇心がしんどい環境へと向かわせてきたのかもしれません。

次のステージを考えるようになったきっかけは、尊敬する社長の退任でした。エージェントから紹介されたのは、伸び盛りの事業に取り組む企業と、課題が盛りだくさんのイトーキの2社。そして私はまたしても、大変なほうを選んでしまいました(笑)。

──なぜ“大変なほう”のイトーキを選ばれたのでしょうか。

当時のイトーキは業績が悪く、IR・PR・販促の知見を持つ人が求められていたので、「これまで培ってきた私の知見やスキルを提供できる」と強く思いました。一方で、現実は想像以上に厳しくて、前任者からの引き継ぎはなし、チームにいるのはIR未経験のメンバーで、PRと販促のあいだにも壁があり、毎日のようにトラブルが起きていました。入社1ヶ月で「辞めようか」と本気で思ったほどです。

そうこうしているうちに代表取締役社長の湊宏司が就任しました。経営と現場の距離を縮め、ものづくりの現場を大切にするという志に共感し、「一緒にイトーキを変えよう」という言葉が背中を押してくれました。チームメンバーも、部分的な仕事しか任されていなかったものの、すごくポテンシャルは高くて。「この子たちを置いていけない」という想いがあったからこそ、辞めるのを踏みとどまれましたね。社長からは今でも「よく辞めなかったよね」と言われます(笑)。

「転んでもただでは起きるな」。何かをやることで、必ず得るものがある

──キャリアを積み重ねる中で、仕事への向き合い方に変わったことはありますか。

役職が上がるにつれて、「より正しい判断をしなければならない」という責任を強く感じるようになりました。2024年には、コーポレートコミュニケーション統括部長、2026年1月には執行役員・本部長に就任し、経営に関わるさまざまな場面で意見を求められる機会が増えたからです。

印象に残っているテレビドラマの台詞に、「正しいことをしたければ偉くなれ」という言葉があります。私はまさにその裏返しで、職位が上がるほど正しい判断をしなければならないと感じています。

──そうした考えは、メンバーとの向き合い方にもつながっているのでしょうか。

部下に繰り返し伝えているのは、「転んでもただでは起きるな」ということです。子どものころ、親から「どんなことにも必ず学びがある」と言われていました。たとえ大成しなくても、経験したからこそ分かることは必ずあります

どんなことでも、やらないよりはやったほうがいいし、失敗だって糧になります。そうやって一つひとつの経験から得たものを積み重ねておくことが大切なんです。チャンスが来たときにつかめるかどうかは、それまでにどれだけ準備をしてきたか。思いがけない経験が、いつか次の道につながることもありますから。

──川島さんご自身は、どのような考え方でチームづくりやマネジメントに取り組んでいますか。

コーポレートコミュニケーション本部ではメンバーが主体的に仕事を進めているので、最近では私自身が手を動かすことはほとんどありません。私のマネジメントスタイルは、最初は伴走し、自走できると判断したタイミングからはどんどん任せていくことです。自己裁量で仕事ができるほうが楽しいじゃないですか。

常に考えているのは、自分がどれだけメンバーの成長に貢献できるかということです。そもそも私は、採用では自分と似た人は取らないと決めているんです。同じようなタイプばかりが集まると、お互いを比べてしまいがちです。でも、それぞれがプロフェッショナルとして自分の強みに誇りを持てれば、比較ではなく、自分の強みを伸ばすことに集中できる。そんなチームづくりを意識しています。

また、前職時代の尊敬する上司から教わった「会社員はプロフェッショナルでなければならない」という言葉も大切にしています。お給料をいただく以上、常にプロであることを忘れない。明日会社がなくなっても、必ずどこかから声がかかるようなスキルや知見を磨き続けてもらうことを意識しています。

「今、これをする」の連続で、人生は積み上がっていく

──今の仕事観は、どのように形づくられてきたのでしょうか。

小学5年生のとき、歯科医だった父が45歳で急逝しました。患者さんから「あなたのお父さんのおかげで、ごはんをおいしく食べられるようになったのよ」と言葉をかけられたとき、「父はもういないけど、父の仕事が誰かの中で生き続けているんだ」と思いました。働くことは「自分がこの世に生きた証」なのだと実感しました。

それと同時に、父の死は私の死生観を形づくり、好きなことや直感の声に従って動く原動力になりました。死はすべての人に等しく、そして、突然訪れる。だから、「いつやろうか」ではなく、「やりたい」と思ったらすぐに動くべきだと。

女性活躍推進コミュニティ「SPLi」の初代リーダーとして、女性社員が自らのキャリアを考える活動にも携わってきました。そこでも伝えているのは、結婚や出産など先のことを考えすぎず、まずは今できることに取り組むことの大切さです。

いつまでに結婚して、いつまでに子どもを産んで、と将来を思い描くことはあると思います。でも、大抵のことは考えたとおりにはならないものです。だから、不確かな未来を考えすぎて今の選択肢を狭めるよりも、その時々で自分にできることや、やりたいことを大切にすること。「今、これをする」の連続で、人生は積み上がっていきますからね。

──最後に、これからキャリアを築いていく読者へメッセージをお願いします。

「会社って、何なんだろう」。

そんな問いから始まった私のキャリアですが、結局のところ、会社は「人」でできているんだと思います。私はイトーキで働くみんなのことが可愛くて仕方がないんですよ。以前、ベトナム出身の新入社員が日本語で一所懸命に発表をしている場面に立ち会ったとき、涙が込み上げて止まらなくなりました。採用の場から見守ってきた彼らの成長した姿に、込み上げるものがあったんですよね。

そういうシーンに出会える喜びが、この会社にはあると感じます。私もその一部として、より大きく羽ばたける人をもっと育てていけたら、と思っています。

私自身、最初から明確な目標があったわけではありません。でも、その時々で目の前のことに向き合い、学び続けてきたことで、キャリアは少しずつ広がっていきました。未来を考えすぎるよりも、まずは「今できること」を積み重ねてみる。その先に、思いがけないチャンスが待っていると思います。

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