2021年度グッドデザイン賞を受賞した「nort(ノートチェア)」は、家具メーカーのイトーキが2019年頭から約1年間をかけて企画・開発を行い、同年末に販売をスタートした、デザイン性と機能性を兼ね備えたタスクチェアです。
前編では開発経緯や商品の特徴をご紹介しました。後編は、ノートチェアのこだわりに加えて、人気のカラーやオプション、さらに今後つくってみたい製品などについて、商品開発本部第2プロダクトマネジメント部の岡本周祐さんにお話を伺いました。
その時代の「人」に合わせてタスクチェアをつくる
――ノートチェアが他のタスクチェアと違うところを挙げると、どんなところでしょうか?
今を生きる「人」に合わせている点ですね。タスクチェアは基本的には「人」を中心に開発しています。その時代の働くツールによって自然とワーク姿勢も変化します。ノートチェアは環境によって変わる人の姿勢から設計を始めています。
たとえば、最近ではタブレットを使う方が増えてきていますよね。タブレットでWebミーティングをしたり、タッチペンを使いながら絵を描いたり。
だから、ノートチェアは、タブレットを使う人がどういう持ち方をするのか、肘はどこに来るのか、複数の被験者を集めて調査しながらデータを集め、可動肘の最適な位置を探していきました。
――事前に被験者を集めてテストされているんですね!
そうなんです。タブレットを持つときは基本的には体の脇を締めて、体の真横ぐらいに肘をもってきてタブレットを触る人が多かったので、ノートチェアは肘置きも背もたれの近くまで来るようにしています。
人が使うデバイスが変わったことで椅子の仕様を変えているんです。そういうところが、これまでの椅子とは違うところかなと思います。
――確かに、私もiPadを使うときは肘置きを体の近くにもってきています。タブレットを使う機会は実際に増えていますよね。
イトーキ社内でも、オフィスでタブレットを使う人が最近は本当に多いですね。それもデザイナーだけでなく、開発系の人達もラフスケッチをタブレットで描いている姿をよく見かけます。今後はさらにさまざまな業種の人達がタブレットを使うようになるでしょうね。
そういう風に、その時々のツールに合わせて変わった姿勢に対応する機能をタスクチェアに落とし込んでいくことは、ノートチェアでも実施していますし、これからもしていこうと思っていますね。
――働き方やスタイルの変化で言うと、長時間椅子に座り続けて仕事をする人も増えていると思います。そのせいで私も腰痛があるので腰を支えてくれる「ランバーサポート」が助かっています。
ランバーサポートもイトーキ独自の考え方によるもので、長時間の着座作業の際にもフィット感よく腰部分をサポートします。
メッシュバックは背の左右にランバーパットが取り付けられていて、腰付近のメッシュのテンションを強くして腰を支えるため、直接身体を支えることなく適度なサポート感を実現しています。
――ランバーサポートはアクトチェアにも付いていますけど、ノートチェアのほうが目立たないですね。
そうなんです。アクトチェアは直接パッドで腰を押す位置を変えるという考え方なんですけど、ノートチェアのほうは、メッシュのテンションの高さを変えるという考え方で、全く違うんです。
これは弊社が特許を申請しているところで、ここもオリジナルですね。
普通のサポートだと、ちょっと腰に当たっているなという感覚がありますけど、それを感じさせないように左右に付けて、メッシュのピークの高さを変えて腰のラインに沿わせるようにしているんです。
新型コロナウイルスへの効果も立証されている「バイラルオフ」の張地
――張地のところのこだわりも、ぜひ教えてください。
「バイラルオフ」という張地のラインアップがありまして、これは「抗ウイルス加工」がされていて、新型コロナウイルスへの効果も立証されているものです。イトーキでは以前より抗菌加工は取り扱っていましたが、コロナ対策として新たに抗ウイルスにも対応。「バイラルオフ」加工技術を施した家具を世界初で実現したんですよ。今はノートチェアだけでなく、他の製品にも導入しています。
また、張地以外でも、コロナの影響で「身体に直接触れる肘パットを清潔に保ちたい」という要望が出てきているので、2021年12月の製品からは肘パッドが「耐アルコール」の仕様になりました。消毒用アルコールや漂白剤で拭けるようになっています。
――それはいいですね。特に複数の人が集まるオフィスだと気にする方も多そうです。
そうなんですよね。最近はコロナ禍でオフィスレイアウトを定めずにフリーアドレス席での運用が増えているので、いろいろな人が座るからこそ拭けたり、バイラルオフ加工による抗ウイルス性能、というところのニーズが増えているんです。
――張地はプレーンのものと、テクスチャードのものがありますが、どう違うんでしょうか?
大きくはデザインの差ですね。テクスチャードのほうは撚糸(ねんし/糸に撚りをかけること)するときに、既に複数の色が混じったものになっているので、かすり調っぽい雰囲気になっているんですよね。ちょっとムラがあるというか。
いずれも伸縮性の高い素材を使っているので、しなやかに身体にフィットしますよ。
プレーン
テクスチャード
――プレーンのほうは昔からのオフィスにあるイメージで、テクスチャードのほうは家にありそうなカジュアルな雰囲気ですね。うーん…でも、この色味をカタログで判断するのは難しいですね。実際に見ないとわからないかも!
はい、椅子は機能や座り心地も含めて実際に座ってもらわないと判断しづらいと思います。たとえデザインが気に入っても、その人の体格に合わないということもあるので。
――そうですよね。ちなみに現在、最も人気がある張地の色やオプションは何ですか?
色は圧倒的にブラックが人気で、「背がメッシュタイプのブラックカラー」が一番多いですね。
その中でも「バイラルオフのブラック」が人気で、全体の6割ぐらいを占めます。残りの4割がテクスチャードの張地になっています。
テクスチャードはプレーンよりも定価で3,000円程高いんですが、それでもテクスチャードを選ばれるお客様のほうが多いので、オフィスがカジュアル化してきていて、こういう風合いのある張地のニーズが増えている証拠なのかなと思っています。
同じ椅子とは思えない「ローバック」と「ハイバック」の違い
――さっきからこちらが気になっていたんですけど、背もたれの高さが違う、この2種類は何でしょうか?
これは「ローバック」と「ハイバック」です。
同じノートチェアでも「ローバック」と「ハイバック」の2種類があって、ローバックは単純に背もたれを短くしただけではなく、ハイバックよりも後ろに反らしたような形になっているんです。
――本当だ。横から見ると、ローバックの方がグッと反ってますね。
背の高い人がローバックに座っても肩甲骨がフレームに当たらないようにするなど、ローバックとハイバックで背もたれの形状をちゃんとつくり分けているんです。
事前にしっかりヒアリングをして、データを取りながら、カーブをどういう曲線にしていくか、フレームをどうするかなど、開発・設計のチームと一緒に考えながらつくっています。
――今、実際に座ってみたんですけど、同じノートチェアでもローバックとハイバックでこんなに違うんですね!
そうなんですよ。僕らからするとハイバックとローバックは全くの別物で、2機種開発する感覚なんです。 それくらい、それぞれのチェアの形状が微妙に違うのには、きちんと意味があるんですよ!
在宅ワーカーにもノートチェアはおすすめ
――今回はたくさんのお話をありがとうございました! 最後に、今後の展望を教えてください。
イトーキのチェアはオフィスで使われる想定で購入されることがまだまだ多いです。ですが、最近はテレワークなどにより在宅で仕事される方が増えてきているので、在宅ワーカーの方たちにも使っていただきたいという気持ちがあります。
在宅ワーカーの方にヒアリングしてみると、ダイニングの椅子とテーブルで長時間仕事をしていて、腰や身体を痛めている方が多くいることがわかります。だから、まだまだ在宅の仕事環境を整備できていない方が多いと思うんですね。
――こんなに本格的に在宅で仕事するようになるとは誰も思っていなかったですから。在宅の整備はこれからニーズが増えそうですよね。
そうですね。在宅の環境を整える際にノートチェアだったらコンパクトですし、意匠的にも空間になじむというか、家に置いても悪目立ちしないシンプルなデザインにしているので、使ってもらえたらなと思っています。
実際に、在宅ワークの方たちに向けて、アクトチェアとノートチェアの両方を展示することがあるんですけど、特に女性は「アクトチェアはちょっと大きいから」と、コンパクトなノートチェアを選ぶ方が多いですね。
――今後はどういうチェアをつくっていきたいですか?
今の世の中の流れを見ていると、今後も在宅ワーカーは一定数残りつつも、やはりオフィスで働く人のほうが割合としては多いと思うんですね。
ただ、オフィスの役割は以前とは異なり、コミュニケーションを取る場所であったり、家ではできない高い集中力を必要とする場所であったりと、変化していくと思うんです。
なので、今後も働き方の変化を見極めて、世の中にない新たな切り口でお客様の”働く”をサポートする商品を開発していきたいと思っています。
—岡本さんありがとうございました。
これからもイトーキの商品開発に是非注目ください!