2021年度グッドデザイン賞を受賞した「nort(ノートチェア)」。家具メーカーのイトーキが2019年頭から約1年間をかけて企画・開発を行い、同年末に販売をスタートした、デザイン性と機能性を兼ね備えたタスクチェアです。
ノートチェアの開発の経緯や、商品の特徴について、商品開発本部第2プロダクトマネジメント部の岡本周祐さんにお話を伺いました。
これからの働き方やオフィステイストにマッチするタスクチェア
――ノートチェアはどのような商品コンセプトで開発されたのでしょうか?
「カジュアルな空間にマッチするタスクチェア」ですね。ノートチェアの開発は2019年の頭からスタートしました。その頃、よく話題になっていた「働き方改革」が同年4月から施行され、世間の働き方が多様化し、それに伴ってオフィスには「パフォーマンスを発揮させる」「生産性を上げる」以外に「空間の居心地の良さ」も求められるようになってきたんです。
そういった観点から、カフェっぽい空間やファブリックの温かい感じのしつらえなどのニーズも高まりました。さらに言えば、人間は生まれながらにして自然を求める「バイオフィリア」という考え方も注目されるようになり、天然木や植物もオフィスに入ることが増え、従来のグレーや白の無機質なオフィスから人が集いたくなる空間へと変化していったんです。
――その変化に合わせて「カジュアルな空間にマッチするタスクチェアを開発しよう」ということだったんですね。
その通りです。以前のタスクチェアを見てもらうと、無機質でメカニカルに見えるものが多くありました。引き続き、そういう機能は持たせつつも、メカニカルな部分を見せずにカジュアルなデザインに昇華していくことにはニーズがあるだろう、というところが、この商品のスタートになっています。
――2019年から開発をスタートされて、翌年の2020年からはコロナ禍によりテレワークが増えるなど、オフィスの環境がさらに一変しました。ただ、ノートチェアは最初から「在宅で使うこと」も想定されていたと聞きました。
はい、当時からテレワークの推進は「働き方改革」でよく言われていたことでした。だから、ノートチェアはコンパクトなサイズ感で、在宅でも使えるような、奇抜じゃない、いい意味で普通のデザインを意識しています。
――サイズ感で言うと、2018年に発売された「Act(アクトチェア)」よりもコンパクトですよね。
そうですね。アクトチェアは、働くことに特化して、長く快適に座れるところを追究している製品なのですが、「サイズが大きい」と言われることもあったので、ノートチェアはコンパクトにしています。
アクトチェア参考記事
アクトチェアを参考にしてノートチェアを開発した部分もあります。たとえば私達が「4Dリンクアーム」と呼んでいる肘の部分ですね。普通の椅子だったら肘の天板を上げると傾いていくんですけど、これは平行リンクが入っていることで常に肘天板は地面と水平を保ったままの動きをするんですよ。ノートチェアもそれを採用して「3Dリンクアーム」になっています。
――「3Dリンクアーム」の機能について、詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?
肘の部分が、上下、回転、前後と3方向に動くんです。アクトチェアは4Dリンクアームなので、さらに左右にも動きますが、その代わりにアクトチェアよりもコンパクトにしているので、大柄な体格の方もちゃんと座れる寸法はキープしながらも、小柄な人が座っても脇を広げずに肘置きに置けるという設定にしてあります。
他社さんのタスクチェアでリンクアームになっているものはないと思いますね。これはアクトチェアから導入しているんですが、この平行リンクを実現するのは結構大変なんですよ。
イトーキ初導入! 絶妙な張り具合を実現した「ロボット溶着」
――「リンクアーム」はイトーキオリジナルだったんですね! 他に既存のチェアで参考にされた製品はありますか?
私のほうで開発を担当した商品で2018年にリリースした「levi(レヴィチェア)」があります。じつはノートチェアの開発メンバーと同じ体制でつくっていて、こちらもかなりノートチェアに影響を与えていますね。
レヴィチェアは、オフィスがカジュアル化していく中で、機能はちゃんと残しつつ、それを外観からはなるべく見せない、というところを意識してつくった商品です。この考え方がノートチェアにも落とし込まれています。
――機能性をあえて見せない、という設計にしているんですね。
そうなんです。レヴィチェアは、ロッキングの機構や座面のシーソーの構造が中に仕込まれて、外から見えなくなっているんですね。
これまでのオフィスチェアは、どちらかというとメカニカルなところを見せて「機能的でしょ?」という見せ方をしていたんですが、そこが今のオフィスのトレンドとは少し合わなくなっています。そこでレヴィチェアは、ギミックを入れながらもあえて見せないようにしたんです。
ノートチェアは、そのレヴィチェアの設計思想を継承しています。たとえば通常のチェアは後ろから見るとフレームの樹脂が見えますが、それが無機質な印象を与えてしまうので、ファブリックで張りぐるむことで今のオフィストレンドに合わせやすい見た目にしています。
――その「張りぐるみ」のところが開発で苦労したポイントと聞きました。
はい、ここは一見すると簡単にできるように見えるんですけど、これを完成させるまでにはかなり苦労しましたね。まずは緩く張って、溶着、つまり溶かして留めて、最後は着座面として成り立つように、内側に仕込まれているフレームで“てこの原理”を使ってパンッと強くテンションを張る、ということをしているんです。
そこに至るまでは、「どうやったらこのフレームのカーブに合わせられるか?」を設計と業者さんに検討してもらったので、時間がかかりましたね。
――この縫い目がある部分ですよね?
そうです。よく見るとT字に縫い目が入っていて(※写真の点線部分)、外観を良くするためにひと手間かけています。手間がかかるということはコストもかかるということなんですよね。
それをコスパの良い中価格帯に抑えたタスクチェアにするためにどう解決するか、というところで、最終的にロボット溶着を導入したんです。
――ロボットで溶着しているんですね。イトーキでは、製造工程でロボット溶着を行うのは一般的なのでしょうか?
イトーキでは、2019年にロボット溶着ができる設備を滋賀工場に導入しました。張地をフレームに緩く留めた状態にして、ロボットアームの先端を振動させて張地とフレームを溶かしてくっつけていくという設備です。
実は、ノートチェアの開発がちょうどその設備の導入を検討していた時期だったんです。そんなこともあり、製造部門の方にも相談をしたところ「それならノートチェアで導入してみようか」ということになったんですよ。
――凄いですね、ノートチェアが「ロボット溶着 第1号」の製品なんですね!
そうなんです。だから、ノートチェアは企画・設計・デザイン部門だけではなく、製造部門の方にも早い段階から協力してもらい、部門をまたいで完成した製品なんです!
だから、機能とデザインの両方を備えていて、リーズナブルな高品質な商品をつくることができたんです。このストーリーをぜひ皆様に知ってもらいたいですね(笑)。
先進的な取り組みが評価されて「グッドデザイン賞2021」を受賞
――ノートチェアは昨年、グッドデザイン賞を受賞されています。そういった先進的な取り組みも評価されたポイントだったのでしょうか?
はい、総評のところで「生産方法を検討し、立体縫製や部品構成の工夫、ロボット溶着の技術により、フレームの外側をメッシュで包み込む意匠を実現した」と触れていただいているので、デザイン性だけでなく、新しいことにチャレンジしてものづくりをしたところも評価されたポイントだと思っています。
それまでのイトーキの開発は、企画・設計・デザインチームで煮詰めてから製造部門にも入ってもらう流れが多かったのですが、早い段階から入ってもらってチームでものづくりをしていくことで、ノートチェアをリリースすることができました。
そういう風に、ものづくりの仕方自体を変化させていっているところも評価してもらえたことが僕としてはうれしかったです。
――製造部門の方々も喜ばれたんじゃないですか?
受賞がわかったときにすぐにメールで「みなさんのおかげで受賞することができました!」とお礼の連絡を入れました。とても喜んでくれましたね。
―ありがとうございました。
次の記事では、岡本さんにノートチェアの機能についてさらに詳しく解説してもらいました。ぜひ後編も、チェックしてくださいね。