過去の記事からも学べます! 一覧に戻る
イイオンナノ作り方はイイ女から学ぶ!「ご縁の紡ぎ方」
Vol.9 荻原 理美さん

25歳でブライダル業に出逢い、10年間でプロデュースしたウエディングは約1000組!婚礼司会としても活躍する荻原さん。「このシゴトに恋しています」と言えるまでには、どんなバックグラウンドがあったのでしょう?大切にされてきた“想い”や“出逢い”についてお話を伺いました。

荻原 理美さん

―人の幸せを紡ぐ「ブライダルプロデューサー」というシゴトに興味があります。


ブライダル業イコール究極のサービス業だと思っています。例えば、レストランで頼んだコーヒーが出ないとします。「すぐお持ちします」と迅速な対応があればその場はオーライ。ですが、ウエディングの入場シーンで、新郎新婦を別のお部屋にお連れしたなんてミスをしたらどうでしょう?

「申し訳ございません」では済まされない。そういった意味でウエディングの現場は、NGの効かない“生本番のスペシャルドラマ”。監督であるブライダルプロデューサーは、オールキャストを束ね、全員の動きを把握しておかなければなりません。体力と、並大抵ではない緊張感を要する仕事でもあります。

この様な現場での総合プロデュースや司会進行はもちろん、個人のお客様に対するウエディングのプランニング、ブライダルスクール講師や社員研修などの教育関係と、仕事は多岐にわたります。



―ハードなシゴトを、10年間続けてこられた理由は何でしょう?


「荻原理美さん。貴女にお願いして本当に良かった!」ウエディングが無事フィナーレを迎えた時、お客様が抱きついてこられ、私という人間に対しストレートに感謝の想いを伝えて下さる・・・。その瞬間全ての疲れが吹き飛びます。仕事の後のビールの美味しいことといったら!(笑)この達成感は、なにものにも代えがたいですね。

荻原 理美さん

↑「お客様との出会いは大きなご縁。喜びを一緒に分かち合いたいですね」と荻原さん。

 

―ブライダル業との出会いは?


“人対人”のシゴトに興味があり、大学卒業後は分野の違う二つの企業で営業職に就きました。スペシャリティを持とうと退職した後は、カラーコーディネーターの資格を取り、フリーのカラーコンサルタントをしていました。25歳の時、カラーの仕事の延長線でウエディングの現場に関わったのですが、その時に受けた衝撃は忘れられません。こんなにもドラマティックで、ダイレクトに感動を共有できる仕事があったなんて!と。そこからのめり込んで10年。ブライダル業にずっと恋をしています。とりわけ、婚礼司会業は私のライフワークになりました。新しいスタイルの婚礼司会をプロデュースしたくて、3年前には「オフィスリミ」を設立しました。同じ志を持つ仲間と、人様の幸せのお手伝いをできるなんて、本当にありがたいですね。

―お客様とのコミュニケーションで心がけていることは?


例えば親友や家族、大切な人に対しては「喜ばせたい」という気持ちが自然と生まれますよね。目の前にいるお客様に対しても同じです。出逢えたことは大きなご縁。「この方のために、私はどれだけのことができるだろう?」お客様のお顔を見た瞬間から気持ちがシフトチェンジします。以前、「ウエディングは一回限り。瞬発力さえあれば誰でもできる」と発言した方と議論になったことがありますが(笑)。私にとってウエディングは“終わりじゃなく始まり”。ご縁を大切に、末永くお客様と喜びを分かち合いたいと思っています。



―婚礼司会のプロとして膨大な場数を積まれた荻原さん。現場で心がけていることは?


「台本は用意していません」と言うと皆さん驚かれるのですが、これは私が師匠から学んだスタイル。司会台は会場の中央にあり、新郎新婦と同じ目線に立ちます。そこから見える世界はまさにライブ!列席者の会話や反応、全てが飛び込んできます。もちろん、新郎新婦のバックグラウンドは全て情報としてインプットしてあります。ですがあくまで2割。あとの8割は現場のライブ感に乗って“リアルな言葉”を伝えるように心がけています。「語りかけるような司会でしたね」と言われた時は、司会冥利に尽きます。



―モチベーションを上げるのが難しい時もありませんか?


我ながら便利な性分で、プライベートで落ち込んでいても、仕事用のスーツを身につけた瞬間にスイッチが入ります。ですが、最愛の祖父が亡くなった翌日のウエディングは、正直コタえました。折しも、その新婦のお父様がわりは、彼女のおじい様でいらっしゃって。私自身、おじいちゃん子で育ったものですから。花束贈呈で、新婦がこれまでの感謝の気持ちをおじい様に託すシーンでは、自分の想い出とオーバーラップしてしまい・・・。何とか宴を終えて新郎新婦の退場を見届けた後、ガクッと崩れ落ち号泣してしまいました。

同じブライダルに携わるスタッフの存在も大きいですね。彼らの顔を見ると「仲間がいて幸せ」と、俄然元気が沸いてきます。「おめでとう」「お幸せに」「ありがとう」ウエディングに溢れる言葉にネガティブ要素はありません。幸せモードに身をおくうちに、悩みも癒されるというか・・・。この仕事に救われてきたのは、逆に私の方かもしれません。

―“天職”ともいえるお仕事を、中断された時もあったとか・・・?


28歳の時、母親の病気がきっかけで、実家の福岡へ戻りました。大好きな仕事の拠点から離れることに、焦りや不安が無かったと言えば嘘になります。でも、この出来事によって「一番身近にいる大切な人を幸せにできなければ、他人を幸せにすることはできない」という原点に立ち返ることができました。幸い1年後には母も回復し、心機一転。東京に戻り、フリーのブライダルプロデューサーとして独立する転機にもなりました。



―前向きにネクストステージを開拓してきた荻原さんに、心の強さを感じます。


いえいえ!人とのご縁があってこそ、の私です。
母の看病で休職中だった私を気にかけて、単発のお仕事やアドバイスを下さった方々には何度救われたかわかりません。そんな感謝の気持ちが、次に進む原動力になりました。

それから「人生、いい事も悪いことも全てネタづくり」というのが私のモットー。挫折も含めて、ネタや経験は多ければ多いほど人生は楽しい!仕事でもプライベートでも「貴女といて楽しかった」と思ってもらえる人間に近づきたいですね。



―さらなるネクストステージは・・・?


ブライダルの仕事という基軸は変わりません。それとは別にチャレンジしたいのはラジオのパーソナリティーです。婚礼司会の場合は、自分の言葉に表情を加えることができます。ラジオは顔が見えない分、声とニュアンス勝負のツール。不特定多数の人に、どこまで感動を伝えられるのか、ぜひ挑戦したいですね。
また、書くことも大好きなのでいつか本を出せたらいいな、と。ウエディングって“人生の縮図”だと思うのです。1000組近い人生の縮図を見てきた中でインプットした“人生のネタ”を、今度はアウトプットしていきたいです。



―最後に。あなたにとってイイオンナの条件は?


素直に「ありがとう」と「ごめんなさい」が言える人です。
当たり前にみえて、意外に少ないと実感します。素で言える人の周りには、人が自然に集まります。これはお客様から学ばせていただいたイイオンナの条件です。

インタビュー/文 鄭 美和

イイオンナノ豆知識を読む
荻原 理美さん

PROFILE

荻原 理美さん(おぎはら りみ)さん
ブライダルプロデューサー


大学卒業後、大手英会話スクールと半導体専門商社で営業職を経験。色彩学を本格的に学ぶため退職し、フリーのカラーコンサルタントとして活躍。次なるステップを模索していた折、ブライダルの仕事に出会い1999年㈱プラン・ドゥ・シーに入社。ウェディングプランナーとして数百組のお客様を担当。01年フリーのブライダルプロデューサーとして独立し、婚礼司会、ブライダルスクール講師・社員研修等の教育関係の事業を展開。05年、今までの概念と違った視点での婚礼司会プロデュースを目指し「オフィスリミ」を設立。


ブログ『荻原理美のウエディングマスターへの道』
http://ameblo.jp/officerimi/

このページのTOPへ
  • だから私は決めました。カシコニ決メタワケ。
  • 実際使ってみてどう?ワタシノカシコ。

オンナノシゴト向上委員会